長話

小、中学生時代は親しい友人と、将来の夢や好きな人の話で盛り上がっていたことを覚えています。
秘密の共有をすると、不思議と絆が深まったようで、嬉しくなったものです。

家までの遠い道のりが短く感じるほど、話し込んだこともありましたし、時には別れ道で立ち止まり、そこから長話をすることもしばしば。
女子と言うのはどうしてあんなに話が尽きないのでしょうね。
思い返せば、話していたはずの本題から逸れに逸れて、最後には全然違う話になっていたような気がします。
こんなことをしていたので、近い将来、ご近所で井戸端会議をし始めるようになるのかな、と若干不安を覚えている私がいます。
そう言えば、学生の頃は長電話も良くしていました。
親には毎日会うのに、と言われるほどの時間、電話を占領していましたね。
今思うと確かに、と思うのですが、その当時は友人との何気ない会話が楽しくて仕方なかったのでしょう。
勉強のことや家のこと、進路のことなど、本当に学生の頃は悩んだり怒ったり、悲しくなったりと大忙しで、その感情の昂ぶりを友人に話すことで、ストレスを解消していたのかもしれません。
今でも親しい友人とは、時間を忘れるほど話すことがありますが、やはりそれぞれの生活パターンのこともありますし、学生の頃のような長話はしなくなったように思います。
しかし、電話に限って言えば、今やデジタル化の時代で、アプリを使った無料通話が基本になっていますよね。
私が学生の頃にこんなに便利だったなら、長電話の時間も更に増えていたことでしょうね。

関西人が大好き

私は関西人が大好きです。
自分はどっぷり関東に生まれも育ちなのですが、関西人には人間味溢れていて親しみが持てます。
なぜこんなに大阪の人と東京の人では人との距離感が違うんだろうと思ってしまうくらい、地域の差が大きくあります。
以前、テレビで大阪人は自分のお給料を人に言えるということを放送していました。
もちろん、関東人の私にとって、大阪人のこのとてつもない勇気ある行動に驚きを隠せませんでした。
大阪の人は自信を持って自分にプライドを持って仕事をしているからこそ、その評価されたお給料をみんなに言うことができるのかな、とも考えました。
でも、やはりだからと言って自分にそうできるかと言われたら、それはNOです。
自分にはできない面がたくさんあるから憧れるのでしょう。
大阪に旅行に行った時に、店員さんが子連れの私を見て荷物を持ってくれたり、子どもをあやしてくれたりしました。
荷物を持つと言うことはかなり自分の中で親しい人でないとできないことだと思っていたので、最初はハッとしました。
でも、親切心からしてくださっているのに手を振り払うことなんてできないと思い、ありがとうございますと感謝の気持ちを伝えました。

よくよく考えてみると、この大阪の店員さんが取った行動は何一つおかしくなく、それに違和感を持つ私の方がかえって怪しいと思います。
人との付き合いが苦手な私に大事なことをたくさん教えてくれるような気がします。
大阪の人の会話のテンポの良さにもいつも驚かされます。
言葉の切り返し方も絶妙で、お笑いなどを見ているとさすがだなと感心するばかりです。
そんなことを考えていたら、久しぶりに大阪に行きたくなりました。この春休みに大阪へ旅行に行けたらいいなと思います。

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